下半身ダイエット【論より証拠】お客さまの感想
(2ページ目)「下半身が痩せるダイエット」アーカイブ
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- ☆最初に「脂」が落ちたのが下半身からだったのは驚き。
- デニムも、ホントに 2サイズダウンした。 大好きなお洋服屋さんで、 ワンピースも試着したよ。 9号が、ごそごそしてた。 もう、それで十分だったよ。
- 最初にサイズダウン整体を受けた時の驚きを今でも覚えています。 とても冷え性なのですが、足先までの血の流れを感じ、熱くなったのにはびっくりしました。
- ナカメをはじめて自分が自分の体を見つめる事が出来ました。 「ま、いっか」で過ごしていた日々だったのに、今でもお腹の声を聞いて、体を見つめる事が出来ています。
- 須田さんには、まず顔を左右対称にしていただいて大満足。鏡をみるたびにニッコリしちゃいます。そして、終わった後に鏡の前で足をみると、まっすぐ~!!まさにマジックでしたね。
- その成果として、徐々に上半身/下半身がキレイにバランス良く老けることなく痩せていったと思います。
- 私が「ナカメサロン」に通い始めたきっかけは、下半身のダイエットができるということを知ったからでした。 ずっとお尻と太ももが太くて、スーツの11号のスカートもパンツも入らないことで悩んでました。
- 大好きなワインを止めずダイエットできました。 炭水化物中毒な人生でしたから、違反も多かったんですが(すみません)走り抜けられたのはスタッフの方のおかげです。
- 下半身痩せは無理なのか・・・と諦めかけた時期もありましたが、淡々と続けていたら、徐々に痩せはじめました。
- ダイエットのことを知らない男性社員に 「Hさん、痩せましたか?」 と言われている姿を見かけ、
- ナカメダイエットの成功者が陥るかもしれない悪い例としてご活用ください。
- 何をやっても取れなかった下腹、腰回りの贅肉も綺麗に取れて、11号サイズのスカートも今や7号でも大きいくらいです。
- 体重よりも、体型を変えてくれてるんだなあと実感します。
- 同僚が見た目7まわり細くなったという経験談を元に、「中目黒にダイエット整体というのがあるらしくて・・」と、
- お腹痩せ、体脂肪を減らすことがメインだった私ですが、下半身も細くなって嬉しい限りです。
- 今まで色んなダイエットを経験してきましたが、体重は減っても下半身だけは痩せませんでした。ナカメに来て初めて下半身太りを解消できました。
- まず、身体測定で、1ヶ月前より脚皮下脂肪率が3%近く落ちていたのには、自分でもびっくりでした!
- 通常は8回で卒業のところ、私は18回も通わせて頂き、その度に体重・体脂肪が減っている自分に驚く毎日で、
- ナカメは一人で頑張るのではなくて、いろんな人に応援してもらってると感じてたから結果が出たんだろうな、と思います。
- 常にお客様の声を聞き、改善しようとしている中目黒のサロンの方針
- ダイエットしようと思ったのも自分だし、中目を選んだのも自分、相性がいいと判断して通い続けようと決めたのも自分。
- ナカメに通わせていただき驚いたことは、本当に下半身がやせることです。
- ここの雰囲気が私の性格にしっくり「キタァー」ということかも知れません。
- 店員さんが「やっぱりもう1サイズ上を持ってきましょうね!」というのを制して「2ヶ月後には痩せてますから(^〜^)」!」と、平然と言って買って帰った
- この短期間でミルミル落ちていくしでほんとーにこの整体ってスゴイの一言です。
- 主人はこのダイエットを「贅沢グルメダイエット」と勝手に名づけ、とても気に入った様子。
- モデル???デビューしちゃいました!
- 体脂肪率16.5%という数字が出てしまい、「こりゃ卒業!もう卒業!」と言い渡されてしまった
- もともと落ち代が少ないから、どうなることかと思っておりましたが、確実に脚の形・ラインが変わりました。
- 神戸店!!!!!!!念願です!
- まさにゴッドハンド!
- 脚の形がまっすぐだから、綺麗に痩せれるよ!・・・と言っていただいた言葉が、私の気持ちを固め、3ヶ月通わせていただきました。
- 体重、体脂肪は少し停滞してますが、サイズはダウンし続けておりますよ!
- 36年間生きていて自分がダイエットできるなんて半信半疑でいましたが、現在、週1キロペースで順調に体重が減っています。
- 私の足に立って隙間が出来ているなんて、今でも嘘みたいです
- 新しい自分へむけて、とっても素敵なスカートとノースリーブのニットを買いました
- パン屋のS藤さん
- 主人からは「食べたい物を食べて、大した苦労も努力もしてないくせにズルイ。姑息な手だ(笑)」と言われます。
- クローゼットの中にわずかに残していた大きすぎて着られなくなった思い出の洋服も今年の夏には全部処分することになりました。
- スタート時は「可哀相」を超え、「悲惨」をも通り越し、「見るに耐えない」状況だったと思います。